甲状腺に関して

2015年3月アーカイブ

甲状腺に関して

甲状腺は前頚部で、喉仏のすぐ下にあり、重さが約20g、大きさが約4cmの臓器です。
正面から見ると蝶の形のように見えます。

甲状腺ホルモンとしてT3(トリヨードサイロニン)とT4(サイロキシン)という、体に必要不可欠なホルモンを合成および分泌しています。甲状腺ホルモンは、細胞の新陳代謝を盛んにすると共に、成長や発育を促進したりする働きを有しています。甲状腺ホルモンが増加する(甲状腺機能亢進症)と、さまざまな臓器の代謝が亢進するため、動悸、息切れ、発汗過多、体重減少、手指振戦、暑がりなど症状が出ます。逆に甲状腺ホルモンが低下する(甲状腺機能低下症)と、諸臓器の代謝が低下し、むくみ、寒がり、便秘、皮膚の乾燥感、脱毛などの症状がでます。

甲状腺の主な疾患

甲状腺の病気には大きく分けて2つあります。

ひとつが甲状腺の働き(甲状腺機能)の異常です。 甲状腺が甲状腺ホルモンを過剰に産生して、血液中の甲状腺ホルモンが増加している代表的な疾患が、バセドウ病です。更にプランマー病も、甲状腺ホルモンを過剰に分泌する腫瘍ができる状態です。
この他に、亜急性あるいは無痛性甲状腺炎の場合にも、甲状腺が炎症性に破壊されて、甲状腺内に蓄えられていた甲状腺ホルモンが血液中に漏れて、血液中の甲状腺ホルモンの増加が見られます。
更に甲状腺以外の原因による稀な病態として、TSH産生腫瘍、妊娠甲状腺中毒症などがあります。
逆に甲状腺からの甲状腺ホルモン産生が低下して、血液中に甲状腺ホルモンが低下する代表的な疾患が、慢性甲状腺炎(橋本病)です。それから甲状腺が本来の位置にない異所性甲状腺腫の場合も、甲状腺機能低下症(クレチン症)を引き起こします。
この他に、亜急性あるいは無痛性甲状腺炎などでも、甲状腺内に蓄えられていた甲状腺ホルモンが血液中に漏出した後は、血中甲状腺ホルモンの低下が見られます。更に、過剰のヨード摂取、甲状腺の手術あるいはアイソトープ治療後などにも、甲状腺機能低下症が発症することがあります。

甲状腺の病気のもうひとつが、甲状腺の腫瘍です。
良性の腫瘍としては、腺腫様甲状腺腫、濾胞腺腫、甲状腺嚢胞、プランマー病などがあります。一方悪性の腫瘍としては、乳頭癌、濾胞癌、髄様癌、未分化癌、悪性リンパ腫、微小癌などがあります。良悪の判定は、血液検査、超音波検査、吸引細胞診などを参考にして行います。

その他に甲状腺に細菌感染がおこる病気として、急性化膿性甲状腺炎などがあります。

バセドウ病と妊娠

バセドウ病は妊娠可能な年齢の女性に多く発生し、妊娠により大きな影響を受けます。したがって妊娠中から出産後にわたって、病気のコントロールをちゃんとしていく必要があります。まず妊娠前には、少なくとも少量の抗甲状腺剤できっちりと甲状腺機能が正常化できていることが必要です。なお抗甲状腺剤のうちチアマゾール(メルカゾール®MMI)は、臍腸管関連奇形と臍帯ヘルニアなどとの関連性があるといわれています。そのため少なくとも器官形成期である妊娠初期は、可能な限りMMIを避けるべきと考えられています。なお妊娠初期はバセドウ病が増悪する症例が時にあるため、注意深くコントロールしていくことが必要です。その後妊娠中期以降は、甲状腺機能が安定化していくことが一般的には多いのですが、少なくとも2ケ月に1回程度の甲状腺機能検査を行い、抗甲状腺剤の投与量を調節していく必要があります。甲状腺刺激物質であるTSH受容体抗体(TRAb)は、バセドウ病における甲状腺機能亢進症の原因と考えられていますが、この物質は妊娠中に胎盤を通過して胎児に移行します。この抗体の活性が高いと、胎児の甲状腺も刺激され、胎児が甲状腺機能亢進症の状態となることがあります。妊娠中に多量のTRAbが胎児に移行した場合、同時に胎盤を移行した抗甲状腺剤の作用が切れると、TRAbの刺激作用が優位となり、出生後45日経ったころに、一時的な新生児甲状腺機能亢進症を発症する場合があります。この発症については、妊娠末期のTRAbの抗体価によりある程度発症が予測できます。出産後数ケ月間は、母体の甲状腺機能は安定していますが、その後バセドウ病が発症または悪化する場合があります。この時は抗甲状腺剤の内服開始または増量が必要になる場合があります。抗甲状腺剤のPTU(チウラジール®)であれば、一日300mgまでは授乳ができます。またMMI(メルカゾール®)でも使用量が一日10mg以下であれば内服しながら授乳ができます。

慢性甲状腺炎であれば、不妊の原因になる、児の知能の発達に障害がおこる、治療薬が胎児や母乳に影響する、などといわれることがありますが、これらは全くの間違いです。妊娠中の母体の甲状腺機能が正常化していれば、一般の妊娠経過と変わることは何もありません。ただし妊娠可能な女性のTSH(甲状腺刺激ホルモン)の正常範囲は、従来の正常範囲より、厳密に管理することが重要といわれています。国際ガイドラインでは、TSH2.5μIU/mL以上にならないように調整しておくことが推奨されています。というのは、妊娠初期のTSHの値と胎児損失率との間には有意の関係があることが認められているからです。更に甲状腺機能低下症が高度の場合でも、母体の甲状腺機能が正常になる量の甲状腺ホルモン剤の内服は、胎児に悪影響を与えません。 赤ちゃんに知能障害や奇形をおこすなどの副作用は全くありません。逆に甲状腺ホルモンが不足していると、一般の妊婦さんより流産の可能性が高くなります。そして妊娠週数が進むと、甲状腺ホルモン剤の補充必要量が増えることがあるので、定期的な検査が必要です。自己判断で薬を加減することなく、必ず医師の指導に従ってください。
出産した後は、少なくとも半年間くらいは、何らかの甲状腺機能異常がしばしばみられることがあり、甲状腺ホルモン値の測定が勧められます。 甲状腺機能異常は色々なタイプがあり、甲状腺ホルモンが増える場合も、減る場合もあります。一時的な変動だけで自然に治ってしまうことが多いのですが、永続性の甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症を起こす場合もあります。一時的な変化か永続的な変化かの鑑別には一回の検査では見分けが難しい場合があり、注意深く経過を見ていく必要があります。なお甲状腺ホルモン剤を内服し続けながら赤ちゃんに授乳することは、全く問題ありません。稀に先天的に甲状腺機能低下症にかかっている赤ちゃんでは、治療しないでいると知能に影響することがあります。しかし、日本では出産で入院している間に赤ちゃんの甲状腺機能検査を行うことになっている為、特に心配はありません。

従来「産後の肥立ちが悪い」とか「育児ノイローゼ」などといわれてきた症例の中に、出産後の甲状腺機能異常が原因と考えられる症例が少なからず含まれていると考えられています。出産後甲状腺機能異常症は、特に女性に頻度の高い(女性の10~20人に1人程度ともいわれる)潜在性自己免疫性甲状腺炎が、出産後増悪することにより発症し、その発症頻度は該当する妊婦の5%程度ともいわれています。
その臨床症状については、甲状腺機能亢進症でも、甲状腺機能低下症でも、出産後以外に発症する場合と特徴的な差異はありません。しかし出産後は育児のことなども重なり、その症状が甲状腺機能異常によるものか、あるいは単なる不定愁訴なのか、診断については血液検査などを行わないとわからないことも多々あります。
正常出産後婦人に比して、出産後甲状腺機能亢進症を呈した場合には、心悸亢進、疲労感などを感じる場合が有意に多く、出産後甲状腺機能低下症を呈した場合には、肩こり、疲労感、食欲低下、便秘などの症状が出る場合が多いといわれています。
出産後には、疲労や気分のむら、食欲の低下、不眠などの、「出産後うつ状態、あるいはうつ病」として最近注目されている症状がおこることが少なからずありますが、このような場合にも、出産後の甲状腺ホルモンの変動、特に出産後甲状腺機能低下症の可能性を考えて、血液検査などをしておく必要があります。